人は、それぞれ「当たり前」と思っていることが違います。
たとえば、挨拶をすることを当たり前にしている人と、挨拶をしない人とでは、これからの人生で大きな差が生まれるでしょう。
また、ごみが落ちていたら拾うことを当たり前と思う人もいれば、気付いても見て見ぬふりをする人もいます。
以前、大谷翔平選手がグラウンドのごみを拾う姿が話題となり、多くの人から称賛されました。それは、「人として大切なこと」を自然に行っていたからだと思います。
「当たり前」の積み重ねが、その人の人生をつくっていきます。
お年寄りに席を譲る。
困っている人がいたら助ける。
無くなったものは補充する。
食べた後は片付ける。
友達と仲良くする。
遅刻や欠席をしない。
私が小中学生だった頃は、「学校へ行くのが当たり前」という時代でした。もちろん、いじめが全く無かったわけではありません。しかし、今ほど不登校は多くありませんでした。
勉強も同じです。
勉強する。
宿題をやる。
試験前にはしっかり勉強する。
以前、ある塾生が「試験前に勉強するのは当たり前ですよね」と言っていました。実際、その子は国立大学へ進学しました。
試験前でも勉強しない人がいるのですから、差がつくのは当然です。
では、勉強が分かるようになり、勉強が楽しくなるための「当たり前」とは何でしょうか。
先生の話を最後まで聞く。
「なぜだろう」と考える。
ノートに日付を書く。
テキストや問題集のページ数・問題番号を書く。
答えだけではなく途中式を書く。
「=」をそろえる。
誰が見ても分かるように丁寧に書く。
教科ごとにノートを分ける。
こうしたことを当たり前にできるかどうかが、長い時間の中で大きな差となって現れます。
最初は意識しなければできないかもしれません。
しかし、続けていくうちに、それが自然にできるようになります。
そして、やらないと気持ち悪いと感じるレベルまで行くと、人は本当に変わります。

